十万石の温泉郷、加賀

加賀市の歴史・文化・風俗

大聖寺城に視点を置き、加賀市の昔の姿と今の姿を紹介。特に加賀市のPRポイントだと思われる温泉街とそこで行われる祭りについて少し触れる。さらに「十万石まつり」の事も紹介する。

加賀市なる 猛気を秘めた 赤い屋根

それでは最後に、加賀市について学んでいきましょう。加賀市は石川県の南西端に位置している市で、能美市と同じく2005年の合併で誕生しました。しかし加賀市という市自体は1960年ごろから存在していて、山中町との合併により現在の「新・加賀市」となったのです。加賀市という名前はおそらく「加賀藩」、さらに遡り「加賀国」から取っているのでしょう。加賀国自体は823年(平安時代)に成立していることを鑑みれば、やはり加賀市も由緒ある土地なのではないでしょうか。(やや強引ですが)
また、鎌倉時代にはこの地の豪族が居城として大聖寺城を建築したとされています。その後戦国時代には一向一揆の支配下に入り、南加賀における一揆勢力の拠点となったのですが、やがて織田勢により陥落。何度か城主が変わったのち前田家がこの城を収めていくことになりましたが、最後には徳川幕府からの一国一城令を受け廃城となってしまいました。現在残っている跡地には「長流亭」という建物があって、これはかつて大乗寺藩藩主の別邸として作られたものです。造りは数寄屋風の茶室で、当時の元禄文化を現在まで残しているという事から国の重要文化財にも指定されています。ところでこの城、小松城など比べると籠城には不向きな造りだったようで、かつてこの城を攻めた際には三日ぐらいで事が済んだといわれています。もしかすると、当時この城の設計に携わった人たちは籠城など眼中にない勇猛なメンバーだったのかもしれませんね。その勇猛さは城以外の建物にも表れていまして、この地域の建物には加賀赤瓦とよばれる赤色をした特徴的な瓦が葺かれています。現在ではその数も減ってきていますが、かつては見渡す限りの赤い屋根で、その光景にはさぞや情熱や勇気を掻き立てられたことでしょう。

温泉が 祭りでにぎわう 非日常

そんな感じで一時期は城下町として歩んできた加賀市は、今でも山中塗・九谷焼といった伝統工芸が深く根付いており、さらに機械系を始めとする製造業や観光業も盛んになってきました。特に観光業に関しては、片山津温泉、山中温泉、山代温泉という3つの有名どころを抱えており、その地の利を生かしたPRを行っています。例えば6月には「菖蒲湯祭り」という催しがありまして、菖蒲を入れた湯につかり一年の無病息災を祈願するんです。特に山代温泉では、菖蒲入りの俵を付けた神輿を担いで街を練り歩く「菖蒲みこし」が毎年行われています。またこの時期には、各温泉だけでなく温泉旅館でも菖蒲湯が振る舞われているので、菖蒲神輿を楽しんだ後は菖蒲湯の爽やかな香りを目いっぱい体に取り込んで日頃の疲れを癒すことができたりします。また、山中温泉では9月になると「こいこい祭り」なる祭りも行われています。山中温泉では最大級のお祭りで神輿・唄・踊りと非常な賑わいがあり、普段の静かな雰囲気とは違った側面の温泉街を楽しむことができますよ。さらに山中温泉にある舞台小屋「山中座」は女優・森光子さんが名誉座長を務めていまして、その縁からこの地に森光子一座記念館が開かれました。舞台で使った衣装や小道具なども展示されているので、ファンの方は一度訪れてみるのもいいでしょう。

古九谷の 器を担げ 十万石

温泉以外にも見どころはあります。、トップページでも紹介しましたように、加賀市では「十万石まつり」というものが毎年催されています。大聖寺藩の初代藩主・前田利治(としはる)公を讃えるとともに、加賀市が発祥の地である「古九谷」の発展及び振興を祈願して行われるお祭りなのです。メインとなるのは、直径2メートルにもなる古九谷の大皿をのせた神輿の町内曳き回し、それと「万燈みこし」の担ぎ上げです。この「万燈みこし」は100近くの提燈を取り付けた神輿で、写真を見てわかるように提灯1個1個が結構な大きさになっています。どちらの神輿も重さとしてはとてつもないものになるのは間違いありません。そんな重量級の神輿を支えている担ぎ手たちの力強さや勇猛さは、ぜひ一度現地を訪れ間近で見てください。きっと惚れますよ?さてこのお祭り、ほかの地方にも同名のお祭りがあったりするのですが、そちらとは全く別のものらしいです。もちろん金沢の百万石まつりとも関係はありません。さて、ここまで温泉とお祭りに重きを置いて加賀市を紹介してみたわけですが、加賀市にはほかにも自慢できるのもがあります!

広告