伝統と革新が同居する街、小松

小松市の歴史・文化・風俗

小松市の由来や城下町としての発展に関して述べ、金沢市と比較してみる。また、小松を語る上で欠かせない歌舞伎やものづくり、伝統工芸などに関しても触れる。

小松市は 平安起源の 城下町

小松市内にある町家を活かしたお店「小松」という地名の由来ははるか平安時代までさかのぼります。時の天皇が来訪された際に、梯川のほとりに松の木を植えたことで「園の小松原」と呼ばれるようになったため、小松の名がついたといわれています。その故かどうかはさて置き、今も松は市の木として親しまれています。(ちなみに市の花は梅です。竹も揃えばめでたいですね)
一方の金沢はと言えば、芋掘り藤五郎の「金洗いの沢」の逸話が由来らしいですが、これは1000年ぐらい前の出来事らしいです。つまり、平安時代中~後期という事になりますね。いかがでしょうか、小松は金沢に勝るとも劣らない由緒正しい土地なのがわかりますね。さて時代は進んで安土桃山時代、加賀の地で盛んだった一向一揆勢力の城として小松城が現在の丸の内町に築かれたといわれています。しかし織田信長の勢力によりあえなく陥落。小松城は非常に堅く、かの明智光秀からは「加賀に小松有り」と評されるほどの要害でした。江戸時代には加賀藩に所属することとなったのですが、その後一国一城令により廃城の憂き目に遭ってしまいます。ところが、2代藩主前田利常により復活を為しました。名目こそ隠居用の城としての再建だったのですが、実際には大規模な水堀を巡らせるなど新築に近いものだったようです。そして敷地の面積でいえば金沢城すらも上回っていました。明治時代には再び廃城となり現在に至りますが、小松城のもとで遂げてきた発展は今もなお小松の地に根付いているのです。小松市だって城下町なんです!

小松市の 花の歌舞伎に 勧進帳

そんな城下町・小松ですが、織物商売で築いた財産を背景に文化の面でも大きな発展がありました。ここで外せないのが何と言っても歌舞伎の存在でしょう。歌舞伎役者をイメージしたゆるキャラ「カブッキー」が市のマスコットとして活動していることほどですよ。特に触れておきたいのが「勧進帳」の舞台となった安宅の関、そして「曳山子供歌舞伎」の2大巨頭です。勧進帳は全編見どころと言って過言ではない緻密な構成、そして義経と弁慶の深い絆が肝の、歌舞伎の名演目です。ちなみにこの勧進帳、能楽の「安宅」から派生した演目なんです。ご存知でした?

小松市の 子供が織りなす 伝統芸

小松市の子供歌舞伎 勧進帳

小松市の子供歌舞伎 勧進帳

一方の子供歌舞伎ですが、こちらは小松で毎年5月に行われる「お旅まつり」において、神への奉納として演じられている演目です。その名前が示す通り、「曳山」の上で子供たちが演じる歌舞伎です。子供と侮るなかれ、その演技は大人顔負けです。250年続く伝統行事は伊達ではありません。もちろん主役は子供たちですが、衣装の準備や演目中の補助などは大人も一役買っています。町全体が力を合わせて取り組んでいるのがわかりますよね!ちなみにこの子供歌舞伎、主に女の子が演じています。戦時中、「男子は国のために働け」とされたことから来ているのですが、終戦を経た今でも子供歌舞伎は女の子のものなのです。豪快かつ繊細な歌舞伎のまち、小松。ぜひ一度来てみてください!行ってみたいけど機会がない…という方は、「カブッキー」グッズのお取り寄せで雰囲気だけでも味わってみてはいかがでしょうか。

伝統と 文明交わる 小松かな

伝統と言えば、粟津温泉の事にも触れておかなければいけないでしょう。粟津にある温泉旅館「法師」は創業が718年、実に1300年近くの歴史がある伝統の旅館なのです。当然これは世界トップクラスで、一時期にはギネス記録として掲載されていました。現在では705年創業の「慶雲館」が申請を行ったことでトップの座を譲ってしまいましたが、これからも法師1300年の伝統を伸ばしていってほしいですね。
その一方で、サイエンスヒルズこまつのように「科学技術都市」を目指す動きも出てきています。ものづくりの伝統から続く技術力がある小松にはぴったりの試みですね。地元の街で先端技術を体験できるって、なんだかワクワクしませんか?そんな感じで、小松市は伝統的なものと先進的なものが共存している、素晴らしい街なのです。

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